“元祖グラビアアイドル”アグネス・ラム。ブームから40年以上経て再ブレイクのきざしが……その人気がとどまらないのは何故なのか?

「元祖グラビアアイドル=アグネス・ラム」と聞いて、異論を唱える人はほとんどいないだろう。当時、“グラビアアイドル”などという呼称はなく、厳密な意味でのグラビアアイドルというと1990年頃に一世を風靡した、かとうれいこや細川ふみえあたりが該当すると思われるが、ビキニ姿で各誌グラビアを席巻総ナメにした最初の存在という意味で、彼女以外にふさわしいペルソナはいないだろう。

「彼女が日本で活動し始めたのは1975年の春。前年にミスUSAのハワイ代表に選出されたり、フリーモデルとして活動しており、日本の業界でも早々に一部のカメラマンや事務所関係者の間では注目の存在で、結果として日本での活動は必然といえることでした。
いきなり、グリコのCM、雑誌『non-no』のモデル、オーディオメーカー『クラリオン』のイメージモデルなどを務めたほか、各誌グラビアに登場。
決定打は同年11月からOAされた彼女をメインキャラとして据えた『エメロントリートメント』のCMで、ここから本格的なアグネス伝説が始まったといっていいでしょう」(ライター・ブライアン飯野氏)

日本人にはなかったその健康的で肉感的なプロポーションと、フレッシュな笑顔でもって、瞬く間に日本中の男どもの(笑)ハートを鷲掴みにした彼女。
小麦色の巨乳ボディにビキニという、ギミックなしのシンプルな手法でのブレイクはきわめて画期的な出来事、いわば事件といえた。

「当時のアイドルの売り出し方といえば、なんといっても歌手が主流。そうして、歌手として売り出すには、レッスン、作詞作曲料、レコーディング、宣伝費など、それ相応の投資が必要なわけですが、アグネスの場合、体一つで爆発的な人気を獲得してしまったわけですからね。
有名な話ですが、人気絶頂時に来日した9日間で彼女が稼いだ金額は1千万円以上とも。
当時、巨人の不動の四番打者の王貞治の推定年俸が5千万円台といわれていた中で、9日間での1千万円は驚愕の数字。一方で、ブレイク2年目に満を持してリリースしたデビュー・シングルはオリコン79位というテイタラクに。
そのあたりに彼女の限界が見えたともいえるでしょう」(同氏)

彼女のデビュー・シングルがリリースされた1977年といえば、ピンクレディー旋風が吹き荒れた年。
さらに、くしくもシングル発売の同月にキャンディーズが解散を発表するなど、時代は確実にアグネス・ブームとは別の新たな方向に向かい始めていたことがわかる。
彼女についてこれまで再三にわたり文章にし、ときにコメントしてきた芸能ライターの織田祐二氏が語る。

「実質的に、アグネス・フィーバーの期間は2年半といったところでしょうか。
ただ、その間の熱狂ぶりの濃密さは異常といってもいい。雑誌の表紙、誌面席巻のほか、写真集を出せば大ヒット、マックスでCM出演9本など、彼女を目にしない日はないほど。3週連続で表紙にした週刊誌もありました。
同じく2年ないし2年強で熱狂が収束したおニャン子クラブ、初代タイガーマスク、ディープ・インパクトあたりと比べても(笑)、伝説の凄さ、濃さという点ではまったく遜色なし。
むしろ、大半を地元のハワイで過ごし、よけいな試みはほとんどせずに、それだけブームが続いたという点では、日本の芸能史においては稀有にして別格にして奇跡の存在と呼べるでしょう」

確かに、仮にいま、アグネスのような存在が現れたら、芸能に限らずあらゆるマスコミがこぞってハワイに押しかけ、そのキャラの全容を丸裸にするのは必至。
当時は芸能仕事以外でそういった動きはほぼなく、ブームの間、新鮮さやある種のミステリアスなイメージ、カリスマ性などがうまく保たれたともいえる。

「日本語を一切覚えずというのは、いまの芸能界で活動するうえでは考えられないこと。逆に変な色がつかず(笑)、功を奏したという見方もありますが……。
youtubeに1978年4月に『夜のヒットスタジオ』に出演した際の動画が上がっていて、同日出演していた南沙織が通訳を担当していてとても微笑ましいのですが、なにより驚かされるのが、活動3年目を迎えてもタレントとしての輝きがまったく失われていないこと。
78年4月といえば、前述のように人気が微妙になってきた時期にあたりますが、依然衰えぬ輝き、オーラは驚異的と呼ぶしかない。
その存在を目の当たりにするにつけ、フィーバーは起こるべくして起こったものなのだとしみじみ痛感させられます」(織田氏)

それでは、40年以上経った現在も、依然注目される要因については?

「グラドル・ファンのリスペクトぶりについては説明不要と思いますが、やはり、一般層における知名度の高さは彼女ならではの特筆モノ。
『うる星やつら』のラムちゃんの名前の由来であることや、国民的人気パチンコ機種『海物語』(註.『海物語』シリーズの一部の機種)の看板キャラとしてもお馴染みですからね。その影響力は計り知れないものが。
ちなみに『海物語』は、彼女が起用されて今年の秋でちょうど10年目。日本人にとってはいまだ馴染み深いグラビアアイドルであり、これほど息の長い、そして、愛され続けてきたグラドルはほかに皆無といえるでしょう」(織田氏)

グラドル・ファン、グラドル界にとっては、文字どおり、レジェンド・オブ・レジェンドと呼べる存在。時代を超えて、彼女の存在はさらに大きく、輝くのは間違いないだろう。
あらためて、日本に生まれ、日本人として彼女の伝説を共有できることを心から誇りに思いたい!(ちょっと大袈裟?)。

(文・あおやぎまゆみ)

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