ボディコンギャルが踊り狂ったあのディスコは今…
バブルの象徴としてTVなどでもたびたび紹介される「ディスコ・ジュリアナ東京」。
実は、それは勘違い。ジュリアナ東京が営業していたのは、バブル崩壊直後の1991年5月から1994年8月まで。ウォーターフロントと呼ばれた東京都港区芝浦に存在していた。
当時はバブルの残り香的ワンレンボディコンの女性が、ディスコ中央に設置された、お立ち台と言われるステージで、ジュリ扇と呼ばれた羽付きの扇子を振り回して踊っていた。
最盛期には情報番組に毎夜、取り上げられる存在になったが、1994年に客足の落ち込みもあり閉店。ディスコブームもクラブシーンに取って代わった。
ジュリアナ東京が入っていたビルは、今も当時と変わらずボーリング場があり、21世紀のいまでは外観はいくぶん昭和レトロを醸し出しだしている。
ジュリアナ東京の入り口部分は駐車場とオフィスへのエントランスとなり、かつてフロアだったスペースは広告代理店のオフィスへとリノベーションされ、ここに伝説のディスコがあったとは全く想像が付かない作りに変貌している。
取材に行って分かったのだが、最寄り駅の山手線田町駅からはかなり離れており、立地は決して良いほうではない。
当時は車を持っていないと、行きにくい立地にあえてしたと思われる。
つまり車がない男はディスコギャルをナンパ出来ない仕組みになっていた。
実はバブルではなかったといっても、さすがは「ジュリアナ東京」!
立地にまでバブルの残り香が感じられるのだ。
(取材・撮影 KKフォトグラフ)